1章 緒言
『アイドルマスター ミリオンライブ!』における楽曲は、キャラクターの内面や対人関係を抽象的に表現するテクストとして機能していると考えられます。とりわけ、エミリー スチュアートの『君だけの欠片』および白石紬の『さかしまの言葉』、さらにそれに続く『折紙物語』『絵羽模様』の楽曲群は、両者の内面の変化を考察することが出来る非常に重要な一次資料です。
特に後者の2曲について楽曲を個別に分析した場合、エミリーと紬はそれぞれ独立に、日常の経験や他者との関わりを肯定的に捉える人生観へと至っているように見えます。しかしながら、この一致は果たして偶然の産物として理解されるべきなのでしょうか。
そこで本稿では、『折紙物語』及び『絵羽模様』において確認される両者の思想的共通性が、『君だけの欠片』と『さかしまの言葉』に見られる非対称的関係性を出発点とした相互作用の結果として形成されたものであるという仮説を提唱し、さらにその先にある相同性の萌芽を指摘することを目的として、これの記述を試みます。
―目次―
1章 緒言
2章 君だけの欠片/さかしまの言葉時点での関係性の振り返り
3章 折紙物語/絵羽模様の考察
4章 相互作用による相似性獲得過程の分析と相同性の萌芽
5章 まとめ、おわりに
以前のレポートと同様に、本稿での議論は以下の前提を踏まえて行います。
・これらの楽曲がキャラクターの内面を抽象化して表現しているものとする
・各キャラクターの分析は曲内の情報が一般的に認知されている人格と矛盾しないことを確かめながら行う。
・ゲーム本編のやり取りやライブ演出などは一次情報たりうるが、議論の簡単のため詳細な掘り下げは行わない。しかしながら、折紙物語、絵羽模様は明らかに両曲の関係性が公式に強調されているため、周辺情報が仮説を補強することは十分に有り得る。
・推論の結果はあくまでも、論理的に可能かもしれない感情的に納得できる範囲での解釈となる。
ー以前のレポートー
nanaplaza-nep.hatenablog.com
2章 君だけの欠片/さかしまの言葉時点での関係性の振り返り
君だけの欠片、さかしまの言葉は両者の人格を分析するうえで象徴的な役割を果たしています。詳細は以前にも述べましたが、改めて簡単にその内容を振り返り、ここを議論の出発点とします。
君だけの欠片においてエミリーは、君の経験する全ての事柄(痛み、涙、悩みなど)が君だけの欠片となり、あなたを形作っている、君と過ごした私の時間も欠片となって自分を作っている、そして私もあなたの欠片になりたいという純粋な善意を歌っていました。
さかしまの言葉における紬は、善意を受け入れる素直な心を持ってはいるものの、特定の相手に対しては自尊心を守るために表現出来ませんでした。そしてその相手とは、彼女が対等でありたいと願うものの、現状ではまだ及ばない存在です。素直になることは敗北を認めることであり、相手の前で弱くなる自分を受け入れられないためにさかしまの言葉を紡いでしまうのでした。
ここまでは歌詞の内容からある意味で必然的に導かれる個々のパーソナリティでしたが、前説(『さかしまの言葉』を『君だけの欠片』のアンサーソングとして読む)ではさらにここから、さかしまの言葉が君だけの欠片に呼応しているという説を提唱しました。
エミリーの包み込むような善意は歪な心を自覚する紬にとって十分尊敬に値する純粋さであり、ひるがえって葛藤と自己否定の要因となってしまいます。そして自己像の崩壊を予期した時、防衛としてさかしまの言葉が出てしまうのです。君だけの欠片が提示した“あなたはそのままで価値がある”というメッセージに対し、さかしまの言葉では “それを受け入れるには、私はまだ素直になりきれない”という葛藤、戸惑いの中で終わっていました。
3章 折紙物語/絵羽模様の考察
では次に、この両曲についてまずは別々に考察をしましょう。
ー折紙物語の場合ー
大筋として、以下のようなテーマが読み取れます。
小さな努力や経験(綿羽)が折り重なり、やがて自分らしく羽ばたく
私だって太陽のように → 周囲に光や希望を与えられる象徴になりたいという願望
※時をかけてゆるり碧く染め上げては → 急がずじっくり時間をかけて育む
※大切に胸にしまってゆくの 開くのは全て出来上がったら → 経験の蓄積
※水になりましょう 大地になりましょう あなたは言った濁しても構わないと → 変化や柔軟さ、受容の姿勢
(※『折紙物語』より引用)
まとめると、日常の小さな経験を積み重ね、自分だけの人生を作り上げる、そして自分を育て、愛してくれた人や世界に対して光を放つ存在になりたいという曲です。
個別の表現を分析してみましょう。
“千の綿羽” → 千羽鶴のように積み重なる、しかし綿羽なので軽い(小さな出来事)
“太陽” → 周囲への影響力、暖かさ
“さざなみが心地良い” → さざなみは心の小さなゆらぎあるいは他人との関わり、その両方。良い面も悪い面も含めて気持ちが良いと、胸にしまったものの価値を感じている
“きっと誰か羽を広げたんでしょう” → 羽を広げる事は自己実現などを象徴していた。自分の存在が他者に影響を与えたという期待
“柔らかな指先~線をなぞるように” → 記憶をなぞり反芻している
また、この曲には一点不思議な箇所があります。2番のAメロ部分です。
※大切に胸にしまってゆくの
開くのは 全て出来上がったら
さざ波はとても心地良くって
きっと誰か羽を広げたんでしょう
(※『折紙物語』より引用)
この部分だけで、経験の蓄積、内面の成熟、他者への影響という歌詞の大意をなぞっています。これは、あえてフラクタルな構造にすることで、何かしらの意図を含ませていると考えられるのではないでしょうか。フラクタル、意味としては自己相似性ですが、普遍性という解釈が近そうです。すなわち、小さな経験も人生の流れも同じ原理に基づいており、日常の些細な瞬間にこそ本質が宿っているということを示しています。総じて彼女は、小さな日常の尊さを大切にし、自己成長へとつなげています。
ー絵羽模様の場合ー
こちらも曲全体のテーマとして、経験や出会いが人生を色付かせる要素となって、いずれ壮大な絵羽模様として完成されるという考えがあり、そのためにエミリーは主体的に人生を進めていきます。これを補強する詳細を見ていきましょう。
※色鮮やかな未来 美しくほら広がっている
世界にひとつの絵羽模様
だれかと語って あなたと笑って 紡いできた日々のきらめき
※花鳥風月 めぐるあらゆる姿 描いてもいい
加えてひと筆 夢模様
言えずにまなざし 誤解でとまどい そんな季節も彩りへと
※少しずつ少しずつ 仕立てられてた
重なった糸は今日までの物語
これまでの経験が色となり、他者との関わりが糸や模様を織りなして、自分という絵羽模様が描かれるという文脈です。
※すれ違った ふっと それきりの人もいて
※袖振り合った縁が導いたの
袖触り合うも他生の縁という言葉があります。袖がほんの少し当たるぐらいの小さな出来ことでも、前世からの深いつながりがあったからかもしれない、だから小さな縁も大事にしましょうという言葉です(『侠気乱舞』にも似たようなフレーズが登場しますね)。これらの節では、経験が些細なことであったとしてもそれが大事であると考えていることが伺えます。
※そう 初めから出来上がりが見えたわけじゃない
まっさらな白生地へと夢を下絵のように
※少しずつ少しずつ 仕上げてたのは
つたなくても歩き続けた情熱
※いつもわたしらしく染まってたいな
まほろば色 まとって
(※『絵羽模様』より引用)
これらからは、人生の行く先は最初から決まっているわけではなく、自分で作り上げていくというエミリーの主体性が読み取れます。まほろばとは理想郷のような意味ですが、まほろば色と纏うというのは、ありとあらゆる経験を肯定する真に自分らしい人生に至った状態ということでしょうか。
そして次に、エミリーがこの考えを持つに至った経緯を紐解きたいところですが、そもそも、君だけの欠片の時点でエミリーは他者との経験を欠片として受け取り、自身の成長に繋げられるということを知っていました。この考え方が思想の種となり、主体的な選択によって蓄積された経験や出会い(=色=糸=欠片)が集まって人生を形作っているという絵羽模様のメッセージへと昇華していくことは必然の帰結です。
以上の考察から、折紙物語/絵羽模様の時点で両者には人生観において決定的な相似性が発現していることが分かります。すなわち、日本文化に憧れる英国人のエミリーと、呉服屋で生まれ日本文化の本質を身につけている紬という、異なるルーツを持つ少女たちが、君だけの欠片/さかしまの言葉の時点では非対称的だった人格を経て同じ考えを持つように至っているのです。
4章 相互作用による相似性獲得過程の分析と相同性の萌芽
以上のようにして、折紙物語と絵羽模様は小さな要素の蓄積によって自己が形成されるという同一のモデルを共有していました。これは単なる構造的類似と呼べるのでしょうか。確かに、君だけの欠片/さかしまの言葉と折紙物語/絵羽模様、これらの楽曲間には明示的な時間的連続性が描かれているわけではありません。したがって、同一人物における認識の変化としてこれらの楽曲を捉える時、そこに至る過程はテクスト外において仮定されるものとし、本節ではその変化を逆説的に検討することで、彼女たちの相互作用によって相似性獲得に至るプロセスの検討を行います。
ー紬が折紙物語に至るプロセスとエミリーの役割ー
折紙物語における紬の思想形成を整理すると、ポイントは経験を内面化し、自己成長や人生観として昇華していることです。段階を追って言語化してみましょう。
1.紬が受け取ったもの:エミリーからの欠片
君だけの欠片での好意や善意は、他者との関わりを自己物語に昇華する思想の種となります。これらは紬にとって、素直に受け止められないものもありましたが(さかしまの言葉の葛藤)、全ては内面で欠片(綿羽)として蓄積されていきます。
2.内面化のプロセス
紬は自らの経験(さかしまの言葉における不器用な反応や戸惑い)と、エミリーの与えた欠片を折り重ねるように胸にしまいます。ちなみに折り重ねという行為は、文字通り折紙=経験を折りたたみ、積み重ねる比喩として折紙物語中で機能しています。
3.自己成長・人生観の形成
このように内面化された欠片や経験が、紬自身の価値観や人生観を形成する素材となります。「小さな日常の尊さを大事にし、自分を育て愛する人や世界に光を放つ存在になる」という思想を内面化できたのは、エミリーという「欠片を与えてくれる他者」が存在し、その思想の種(これもまた欠片)を受け取ったからと言えるでしょう。
ーエミリーが絵羽模様に至るプロセスと紬の役割ー
1.君だけの欠片の段階
エミリーは「他者の経験や感情を自分の欠片として受け取り、自己成長に繋げられる」という思想の芽を持っています。
2.さかしまの言葉の段階
紬からの非対称的なアウトプット(言葉や行動)を受け取り、自身の内面に取り込むことで、この思想を実感・体験として具体化できました。成功も失敗も含め、他者との関わり全てが自身の欠片として吸収される過程をここで経ました。
3.絵羽模様の段階
ここに至って、これまでの二人のやり取りや経験が、人生を彩る「色」として統合されました。良いことも悪いことも含め、全てが自己物語として完成され、他者との関わりが人生の構成要素として肯定的に位置づけられているのです。君だけの欠片で持っていた芽が拡張・体系化したものが絵羽模様で歌われている内容になります。
ここで、エミリーから紬への影響は明確に感じることが出来ますが、紬からエミリーの影響はやや暗示的と思えるかもしれません。しかしながら、紬の不器用さ(拒絶に近いかもしれない)があったからこそ、エミリーの人生観は、主体的な選択という概念を再確認するのです。エミリーがすれ違いを含む他者関係を経ていることは、歌詞中に何度か表現されていますが、それが無くとも曲中から読み取れる彼女の主体性という点が、またその証拠となるのです。また、本稿では曲中の情報のみをメインで分析してはいますが、一点だけそこを逸脱して紬がエミリーに何かを与える決定的な瞬間を挙げたく思います。両曲が収録されているTHE IDOLM@STER MILLION LIVE! M@STER SPARKLE2 04のジャケットイラストです。襷掛けに苦戦するエミリーに、紬が手ほどきをしている(ちなみにこの時、エミリーは正座が崩れている)描写は、二人の授受関係がエミリー→紬という一方的なものではないことを示唆しています。
つまり、絵羽模様は君だけの欠片/さかしまの言葉という非対称関係を経た思想の集大成であり、紬の存在があったからこそ、エミリーはこの思想を具体的に自覚できたとも言えます。そして同時に、紬はそんなエミリーの欠片を蓄積し続けた結果、同じ構造を持つ主体へと収束したのです。過程描写の欠如というのは、それによって両者の思想形成の相互作用が否定されるものではなく、むしろその過程が内面化され、人格の水面下に沈むほどに深く大事な経験として根付いていることの証であると私は考えています。
ここまでは、折紙物語/絵羽模様に至る時間について分析してきました。彼女たちはお互いの存在や関係性の上に同一の思考モデルを持つに至り、これこそが彼女たちの持つ相似性と言えるでしょう。そして彼女たちはさらなる未来へと向かっていきます。それぞれの人生で得た一つ一つの経験を積み重ね、自分だけの絵羽模様、あるいは折紙物語を作り上げていくのです。出会いは非対称だった彼女たちが、相似性を持つ関係となり、さらにそこを起点として相同的な存在へと変化していく、美しい構造的変遷をこれらの楽曲から読み取ることが出来ました。
5章 まとめ、おわりに
本稿の主題は、『絵羽模様』および『折紙物語』において両者が共通の人生観に至っていることを確認する。そしてこの一致が、独立に生じたものではなく、『君だけの欠片』と『さかしまの言葉』における非対称的関係性を出発点とした両者の相互作用によって形成されたものであることを示すことでした。
2章と3章では、各楽曲から得られるパーソナリティや思想形成のプロセスを分析し、4章において楽曲間の時間的連続性と両者の相互作用が与えた影響についての仮説を提唱しました。まとめると以下のように整理されます。
出発点:
エミリー = 与える側、紬 = 受け取れない側という非対称関係
エミリーは明確に人生観の種を持っている
過程:
すれ違い・葛藤・思想の共有などの相互作用が、双方の内面に経験として蓄積
到達点:
両者ともに経験の蓄積によって自己が形成されるという同一の思想モデルに到達
結論:
この一致は偶然ではなく、非対称的関係から始まった相互作用の帰結である
以上のようにして、彼女たちはお互いに成長を遂げました。今後は私たちにさらなる未来の発展を見せてくれるでしょう。これに期待して、本稿を終わらせていただきたく思います。
が、本稿を終えるにあたり、折紙物語の中から敢えて触れていなかった一節についての所見を述べたいと思います。
※それは ありきたり
少し冷える午後
どこで聞いたか
語りましょうか
小さな物語を
(※『折紙物語』より引用)
このフレーズは、曲中でも唐突すぎてかなり浮いています。それまでの比喩的な表現の羅列から一転して、具体的な何らかの景色が映し出されたようです。このフレーズの解釈について考えていきましょう。
1:小さな物語とは
物語とは単なる出来事の連なりではなく、感情や心の動きが込められているものです。それは綿羽のような一つ一つの経験なのでしょうか。あるいは、綿羽を積み上げ、水、大地、太陽になる人生の過程そのものなのでしょうか。2番サビの最後の1節にて、小さな物語は今も紡がれていると述べられていますが、これはいずれの説とも筋が通ります。したがって、どちらというより、両方と考えるほうがより自然です。小さな出来事も、人生全体も、本質的には同じ、フラクタルであるという考えとも整合します。
2.ありきたりとは
文法的には、それとあるので前後の文脈から探すことが最も良いでしょう。となると、小さな物語か、少し冷える午後です。こちらもまた、両方を指していると考えることが自然です。いずれにしても、こんな些細なことだと強調することで、逆説的にそれが宝物であるというニュアンスを含ませ、この単語を何度も繰り返すことで、小さな瞬間は特別には見えないけれども、それぞれの人にとっては大きな意味を持つという、曲全体を支配する感覚を演出しています。
3.少し冷える午後とは
少し冷えると表現することで、これから話す小さな物語の持つ温かみが強調されています。綿羽というのは羽毛布団のように温もりの象徴です。しかしあえて、邪な読みと知りつつも一つ提唱したい説があり、それは少し冷える午後という瞬間が、人生のピークを過ぎた少し淋しい時間を暗に仄めかしているのではないか、ということです。
枠物語や回想譚、そのようなジャンルの創作物では、年長者のストーリーテラーが若者に自分の人生や体験を伝える、という構図がおなじみです。『タイタニック』のローズや、『こころ』の先生など、他にも挙げればキリがないでしょう。これらのジャンルの核心には、経験は伝えないと消える、だから次の世代に物語を渡すというように、単なる回想ではなく継承という概念がテーマに据えられています。まさに、エミリーや紬が至った、欠片や色や綿羽を蓄積し、お互いに影響しあって、それぞれの人生を作っていくというメッセージと同じです。
折紙物語で突然現れるこの叙景的なシーンは、アイドルとして大成し、エミリーと結婚した紬が、孫たちに囲まれながら自らの小さな物語を語っている、そんな未来の可能性を私たちに示唆してくれているのかもしれません🤡
最後までお読みいただき、ありがとうございました。